恵みの福音(2023年12月) 通巻664号より

学院の教室で すき焼き会
学院の教室で すき焼き会

 写真の裏に昭和31(1956)年12月25日とメモがあり、貴重な別府時代のクリスマス。
 まだ戦後11年ですから、学院生たちは初等部や中等部(現在の小学部~高等部)で戦争を経験した世代。経済的には豊かではありませんが、キリストの福音と美味しい鍋に、心も体もほかほか!

シロアムの池を思い起こして

ヨハネの福音書 9章1~12節

 今年も数多くのニュースを見、特に経済インフレなど、社会の出来事は私たちの将来を不安にしています。社会の影響を受けつつも、世の光である主イエス・キリストを信じている私たちが、主のための働きを行っているか、シロアムの池の出来事からもう一度考えてみたいものです。
 主イエスは弟子たちを伴い宮から出た後、道で偶然生まれながらの盲人をご覧になりました。弟子たちはイエスに、この人が盲目で生まれた理由を尋ねます。それはユダヤ人社会では肉体の病気は罪の報いであると教えられ、聞かされていたからです。私たちも社会の影響を大きく受けます。根拠のないうわさ話、マスコミの誤情報、ゴシップなどで心が揺らぎ、間違えた選択をして光であるキリストを遠ざけて歩んでいたのです。
 主は言われました。障碍は、「この人が罪を犯したのでもなく両親でもありません。この人に神のわざが現れるためです」。障碍があってもなくても、神の愛によりすべての人に神の栄光が現れるのですから、私たちには生き甲斐があります。この人は主に言われたとおりシロアムの池で洗い結果見えるようになりました。彼の人生は瞬時に変えられました。私たちも主と出会って人生が変わり、光の中で主のわざを行う歩みとなりました。人々を霊的盲目から霊的開目へと導く務めを果たすために召されているのです。
 今も主イエスはあまねく世を照らす光のお方です。暗闇が世界を覆う前に、神のわざを知る私たちはもう一度シロアムの出来事を思い起こし、主イエスの助けを頂きながら共にしっかりとみことばを宣べ伝えていきましょう。

(足立幸典師)