恵みの福音(2025年3月) 通巻678号より

サロマ湖畔鶴沼(北海道・湧別町)
サロマ湖畔鶴沼(北海道・湧別町)

 サロマ湖と鶴沼にかかる名もない小さな吊り橋は、あまり知られていない隠れ絶景。スリル満点の吊り橋を渡ると厚岸草(サンゴ草)の群生地が広がっています。
 サロマ湖は周囲90キロ、面積150平方キロで、日本で3番目の大きさ。静かな湖を眺めていると、まるで「ガリラヤ湖」のように感じました。

「シンパシー」を感じる兄弟姉妹

箴言 17章17節

 「シンパシー」という言葉があります。これは「共感する、相手と同じ感情、気持ちになる」という意味の言葉です。たとえば、誰かが困難に立ち向かっている時、同じような経験をした者として、その人の気持ちがとても良く分かる時などに用いられます。もともとは、ギリシア語から生まれた言葉で、「共に」と「苦しむ」が合体した言葉です。
 ピリピ人への手紙1章29-30節「あなたがたがキリストのために受けた恵みは、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことでもあるのです。かつて私について見て、今また私について聞いているのと同じ苦闘を、あなたがたは経験しているのです」という箇所は、まさに使徒パウロがピリピの人々に「シンパシー」を感じている箇所です。
 箴言には、「友はどんなときにも愛するもの。兄弟は苦難を分け合うために生まれる」と記されています。キリストにあって一致を保つ教会は、この「シンパシー」に満ち溢れた教会ということができるでしょう。教会の中に起こって来るさまざまな困難から身を引いて、一部の人だけがその困難に立ち向かっている姿は、キリストの教会にふさわしくありません。むしろ、そのような時にこそ、一緒にその困難に立ち向かう教会にこそ、神の豊かな力が注がれていくのです。
 私は、菅キリスト教会の開拓時代から30年間、牧師として奉仕させていただきましたが、教会のさまざまな困難を共に味わい奉仕した兄弟姉妹に、菅を離れて10年以上の今も「シンパシー」を感じ続けています。

(岩松康宣師)